加齢による……。
師走になった。
朝から晩まで、なぜか涙が溢れる。別に悲しい出来事があった訳ではない。
ここ数年眼を病んでいるのである。しかし小心であるがゆえに眼科へ行かない。
先日、友人から『何年間泣き続ける積もり、その内嫌でも泣く時が来るんだよ。その時涙がなかったら、おかしいよ。』と言われたのをきっかけに、清水の舞台から飛び降りる気持ちで眼科へ行った。ちょっと、大袈裟。
『先生、何年も春夏秋冬、涙が止まりません。』
『何がそんなに悲しいのかな。』
『人生、辛く悲しく苦しい事ばかりですよ。』
『確かにそうだね。』と言って医師は、診察し、目頭から涙腺に針状の物を通した。
『こんな若僧に人生の何が判る。』と思いつつ、治療の方法の怖さに震えた。
完治させるには、手術するしかなく対処療法で済ます事に……。
さて、原因は、 《加齢による》 だった。
《加齢による》簡単だ。何でも《加齢による》で片付けられ、お終い。
何か言い方は、もっともらしい言い方はない物なのか。《加齢による》と聞いただけで、若い気でいる者にとっては、何十歳も年取った気持ちになる。
『あ〜あ、年なのか。』帰り道すっかり凹んでしまった。
寒風が身にしみた。
翌日、上司に背中が丸くなったね、と言われ、思わず年ですからと言ってしまった。
情けないが現実。自覚症状の現れ。
山に行けば3、4日は疲れが取れず、夜遊びすれば何日もだるい。《加齢による》としか言いようがない。年は取りたくない。
庭の花は、来春目指して青い綺麗な芽を出し始めたものもある。枯れても、枯れてもまた再び芽吹く草花達。自然の驚異。
人間も見習わなければ、いけない。《加齢による》にも凹まず、この不況の嵐にもへこたれず……。
おぶされし 赤子の
頬丸く 赤くして
木枯らしに産毛揺れる
早や 師走なり
老婦人 紫のショール口に当て
背丸く 小走りに過ぎ行く
今 木枯らしの街